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前橋地方裁判所 昭和25年(わ)314号 判決

被告人 諸判淳

大一四・一二・三生 無職

主文

被告人を懲役一年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二四年六月下旬頃桐生市浜松町二丁目七六六番地において当時銘仙織物のブローカーをしていた伊藤正太方に赴むき同人に対し「やみ」の銘仙織物を買うから世話してくれと申向け再三往訪したのであるが折悪しく被告人の意の如くならなかつたことに因縁をつけ朝鮮人某等と共謀し右の伊藤から金品を喝取しようと企て、同年同月三十日頃右の伊藤方において同人に対し「織物買入れについて費用も大分使つたのだから損害賠償として二万円程出してくれ若し出さないならお前のところでは脱税品を扱つているのだから税務署へ脱税していると密告してやる」等という趣旨の言辞を弄し同人を脅迫してこれを畏怖せしめ、よつてその頃右伊藤正太方において同人より現金一万円を、同年七月下旬頃同所において同人所有のラジオ受信機一台(時価五千円相当)、洋服およびジヤンバー各一着、女物羽織二枚をそれぞれ交付せしめてこれを喝取したものである。

(確定裁判を経た罪)

被告人は昭和二五年二月七日前橋地方裁判所において賍物収受罪によつて懲役一年執行猶予三年に処せられ、当時右の裁判は確定しその後昭和二七年四月二八日政令第一一八号減刑令によりその刑を懲役九月に減軽せられ、なおその執行猶予の期間を二年三月に短縮せられたものである。

(情状)

本件は昭和二五年九月八日当庁に在宅のまま起訴せられ同年九月十三日起訴状謄本等の送達を受け爾来数次に亘り適式の召喚を受け被告人自身もその事情を承知しながら各公判期日に出頭せず横須賀市、東京都内、埼玉県等を転々し、(一)昭和二七年一〇月二八日津田輝二なる偽名のもとに横浜地方裁判所横須賀支部において覚せい剤取締法違反として懲役六月に、(二)昭和三〇年一二月二二日浦和地方裁判所熊谷支部において有印公文書偽造罪等により懲役一年六月に、(三)同三四年一〇月三〇日台東簡易裁判所において窃盗、外国人登録法違反罪により懲役二年および罰金三千円に、各処せられ当時右(一)および(二)の刑はいずれもその執行を受け終り、現在右の(三)の刑を受刑中である。

(証拠の標目)(略)

(前記確定裁判と本件公訴事実=余罪との関係についての判断)

前掲各証拠によれば被告人は本件が起訴せられる約六箇月前、当裁判所において賍物収受罪として懲役一年(三年間執行猶予)に処する旨の裁判を受けこの裁判は当時確定したのであるが、この裁判において被告人等が有罪認定を受けた罪となるべき事実は前記原判決書謄本の記載によれば、「第一、被告人田島初豊、同諸判淳、同金永根は杉村秀雄、向田幸等と共に伊勢崎市内の機業家から買受名義のもとに代金の半額位を支払つた丈で多量の銘仙を詐し取ることを相談し、昭和二四年八月一日午後六時三〇分頃取引場所として打合せてあつた伊勢崎市旭町一五番地向田幸方へ田島初豊が銘仙の買主杉村と偽名して行き、そこえ銘仙六〇反余り持ち込んでいた機業者堀田富雄に対して銘仙一反一、四〇〇円の割合で買受けるが全部で一二〇乃至一三〇匹欲しいのだから不足分を早く届けるようにしてくれと依頼したので右堀田は電話連絡のため外出したところ、その隙に乗じ前記田島初豊は杉村秀雄と右向田方に持込まれてある銘仙を盗み出すことを共謀し堀田富雄の所有又は同人が他の機業家から預かつて持つて来ていた銘仙の内五七反を同家表に諸判淳が乗車して待つていた自動車に積み込み持ち逃げして窃取し、第二、被告人諸判淳は、田島初豊及び杉村秀雄が右第一のように盗み出した銘仙の内二二反を右同日午後九時頃栃木県足利郡三重村大字今福、草津温泉旅館でこれが盗賍品であることの情を知り乍ら自己及び金永根に対する分け前として田島初豊から受取り以て賍物を収受し、第三、被告人金永根は田島初豊及び杉村秀雄が右第一のように盗み出した銘仙の内一四反を同年八月二日朝伊勢崎市八坂町五五一番地諸判淳方で、それが盗賍品であることの情を知り乍ら自己の分け前として諸判淳から受取り以て賍物を収受し、たものである。」というのであつて本件の被告人諸判淳は右の第二の賍物収受罪について前記の如く処断せられたものであつて、該事実によれば本件恐喝の犯行は昭和二四年六月下旬乃至同年七月中に行なわれているところから見るとその直後たる同年八月一日右の如き賍物収受罪を犯したものであり、この犯罪のみが先に判決を受けて確定したのであるから本件恐喝事犯は明らかに右の賍物収受罪の余罪であり両罪は、刑法第四五条後段の併合罪となる、しかるに本件恐喝事犯の裁判が係属中のまま年月を経過し、右の確定判決およびその後出された減刑令によつて該判決の定めた刑は減軽せられその執行猶予期間も亦短縮せられて、昭和二七年五月七日頃右の猶予期間は満了したのである。

しかして刑法第二七条によれば「刑の執行猶予の言渡を取消さるることなくして猶予の期間を経過したるときは刑の言渡は其の効力を失ふ」と規定せられている。この条文に云う「刑の言渡は其の効力を失う」という文言は如何なる意味を有するのか。そして又、同法第四五条前段および同条後段の併合罪の規定と、その処断について規定する同法第五〇条との関係は如何にこれを理解すべきか。右の「刑の言渡は其の効力を失う」とは刑の執行が免除されるに止まらず、刑の言渡による法的効果が将来に向つて消滅することであると解されている。しからば、本件の如く、猶予期間が満了すれば前記賍物収受罪として有罪認定がなされたことも亦消滅するのであろうか。一個の犯罪の成立ありと確定裁判によつて有罪の認定がなされたということ自体も亦消滅する趣旨なのであろうか。もしそうだとすれば犯罪があつたことも消滅するのであろうか。当裁判所は右にいう「刑の言渡は其の効力を失う」という法の趣旨はそこまでの意味をもつものとは解し難いのみならず、前記の如き同法第四五条と同第五〇条とを対比すると現行刑法の解釈としては少くともかかる場合は併合罪なりとすること丈はやむをえないのではあるまいか。解釈上、そうでないとすると刑法の併合罪の成立に関する規定を統一的に理解し得なくなるのではあるまいか。ことに猶予期間の満了の前後により併合罪になつたりならなかつたりすることを是認せざるをえないという結果になるのであるが、犯罪の罪数をどう理解するかという点の規定の適用と刑罰(被告人の処遇)の言渡に伴う効果とは相関連しつつ区別があり、差異があるのではあるまいか。換言すれば犯罪が数個ある場合それを如何に評価するかということとその内の一個について裁判があつた時、余罪を如何に処理するかということとはちがいがあるのではあるまいか。

以上のような観点から本件は前記の如く確定裁判を経た罪(賍物収受罪)の余罪となるものと解する。

(法令の適用)

被告人の判示恐喝の所為は刑法第六〇条第二四九条第一項に該当するところ被告人には前示のような確定裁判を経た罪がありこれと本件犯行とは同法第四五条後段の併合罪であるから同法第五〇条によつて未だ裁判を経ていない本件犯行について処断すべく所定の刑期の範囲において情状により被告人を懲役一年に処する。

なお訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用し被告人が貧困のため訴訟費用を納付することができないことが明らかであるからその全部を被告人に負担させない。

以上によつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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